祖父のこと

2009年7月19日 | 0 コメント »

母方の祖父は戦後の荒廃地から叩き上げで建材屋を興した。ほんとうに裸一貫、家族全員で一丸となって、寝る間も惜しんで働いたそうだ。おかげで、老後は十分すぎるくらいの蓄えを得た。

僕が高校三年のときに亡くなった。癌だった。当時祖父は、僕に対して公務員になることを強く勧めた。やはり、実業の辛さを身を持って体験しているからだろう。当時はどれだけ役人が楽に過ごしていたか、横目で見ていたからだろう。

でも僕はそれに従わなかった。そして東京に来た。当初の目的とは大きく変わったけど、自分としては最良の選択をしている。

今、自分は起業をしたいと強く思っている。実は、色々な面で祖父と似ていることに気づいている。隔世遺伝だなっていうのが、感覚的に分かっている。だから、同じように自分で事業を興したいと思うのかもしれない。今彼が生きていたら、これをどう思うのかなと、ふと考える。きっと、手放しでは応援してくれそうにもないかな。ガンコなので。

デスクの上には、死ぬ前の祖父の写真を飾っている。シミや深く刻まれたしわなど、非常に味のある写真だ。これを見るたびに、自分は何のために生きているのか、深く考える。時間を無駄にするな。やりたいと思ったらやれ。言いたいことはちゃんといえ。争いをおそれるな。きっとそう言われるのかなと、ふと考える。

自分の死を意識して、後悔しない人生を全うしよう。


頭痛と谷と森

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先週くらいかな。仕事が大変すぎて、イライラしすぎて、頭が緊張しすぎて、ついにバファリン無しでは眠れなくなった。いたすぎて、眠れなかった。仕事中もバファリンの投与が必要だった。まさか自分がこんなになるとは思わなかった。社内の各部署の利害関係を調整して、ビジネスを前進させ、拡大させる。こんなに大変なことだとは正直思っていなかった。

もっと無神経だったら、こんな思いはしなくてもよかったんだなと思うが、こうやってなんでも真剣に考えて、24H仕事のことを考えるのは、自分のパーソナリティなんだろう。大学のテスト勉強と重なって、ストレスは半端無かったな。今は少し落ち着いた。

人生には、どこまで歩いても谷しか見えないときもある。ベッドから起きるのが辛くて、頭痛が耐えないときもあるだろう。でも、そういうときは、人生を一日単位で考えること。そんな簡単なことじゃないけど、少し努力してなんとかそういうマインドにもっていくこと。そうすれば、なんとかやり遂げることができるって学んだよ。忍耐無くして成功は無い。この壁を越えれば、きっと自分は一回り大きくなれるんだろう。そうやって現実に体験することから、人間は初めて自分を知り、学び、そして成長するのだろう。思えば21歳くらいのときもそうだったな。森の中を木をなぎ倒していかなければならない。時々足下の草木で脚が擦り切れることもあって、たまに激痛が走ることもあるけど、そんなの気にしていてはだめだ。どんなに大変でも、死ぬわけじゃない。ビックピクチャーを描いて、邁進するのみ。特にこんな経済環境だから、なおさらだ。がんばるしかない。

焼きなすとピーマン

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実家にいるとき、よく食べたこの組み合わせ。ほんとはこれに肉や人参やたまねぎなどが入って、焼き肉っぽい感じで食べていたのだけど、一人暮らしだと肉は使い切れなくて、ROIが悪いので、あまり購入しないことにしている。

ホットプレートとか出すの面倒だから、キッチンにチェアを持ってきて、一人でやきなすとピーマンを食べる。超熱くて汗が水のように流れるけど、これもまた良い代謝だな。運動不足の自分としては、ちょっとでもそのかわりになっているんじゃないかと思っている。勝手に。

本当にシンプルな組み合わせだけど、本当にうまい。この夏はこの組み合わせが続きそうだ。

シュウカツ中の後輩女子と高校生のときの僕

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昨日はシュウカツ中の後輩女子に相談を持ちかけられた。この不況の中で、希望の業界で内定をもらえたが、インターネットで色々と検索してみると、労働面においてかなりのブラック企業であるということがわかったという。

この企業は他の学生よりも早く、この女の子に対して特別に内定を出してあげるということを伝えたとのこと。彼女はこの内定をもらうべきか悩んでいた。

彼女が志望する化粧品業界は、わずかだが、まだ採用は継続している。大手企業は終わってしまったようだが、それでも優良な企業の採用はまだ進行中のようだ。「この企業に悪いから。。」ということを言っていたが、僕は「他に良い会社が見つかったら、断れば?」と言った。

これは至極当然。どんなに経済が悪くても、採用の最終決定権は学生にある。学生は一番最初に就職する会社で、その後の人生が大きく変わる。だから、嫌なら行くべきじゃない。でももったいないから、他がまだ決まっていないなら、キープした方が良い。そんなアドバイスをした。やはり、誰かに肩を押してほしかったようで、話しが終わった後の彼女は清々しい顔をしていた。

最後に、ありがとうメールをくれた彼女に返信したのは、自分が上京する決意をしたときに心にきめたこと。
「やらなかったことに後悔するよりも、やって失敗して後悔した方がよっぽど気持ちが良い。だから、やれるチャンスがあるのなら、やりきってから後のことを考えよう」
当時は失うものなんて一つもなかった。とりあえず東京にくればなにかあると思っていた。そして実際に色々合って、人生は145度くらい変わった。

今だって独り身だし、そんなに失うものが多い訳じゃないけど、どこか躊躇しているものがある。もし失敗して、無駄な時間を過ごしてしまったらどうしようとか、色々と。もしかすると、あのときの「東京」が、今は「アメリカ」になっているのかな。よく考えよう。


森英恵さんの講演

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土曜日は青学で森英恵さんの講演があったので、聞いてきた。彼女の作品が好きというわけではないけど、母親の影響等もあり、デザインやファッションは遺伝子的に好きみたいだから、自然とこの講演に惹かれて、申し込んでいた。

内容は彼女のデザイナーとしての人生を10年刻みで話してくれた感じ。非常にゆっくりお話しになる方で、それでいて当時の情景や色、空気感が容易に想像できるくらい、描写が上手だった。マーケティングや技術系のコンファレンスばかり参加していると、早口な人やスライドまかせな人が多いけど、それとは180度違う。舞台に彼女一人と大輪の華。年齢層高めの女性中心の聴衆。自分としては刺激的だった。

僕の琴線に触れた言葉を以下に残したい:

- 国際的な舞台で活躍する人は、自分のルーツを知り、そのルーツを軸として海外で自分を出す。海外の文化に迎合ばかりするのではなく、日本文化に誇りを持つこと。

- 日本は天然資源はほとんどない。しかし、この国には優れた人という資源が豊富にある。日本人は世界的に見て素晴らしいものを持っている。自信を持てば海外で活躍できす


僕の日々考えていることと本質がマッチしていたので、若干上記の言葉は僕のエッセンスがかかってしまっているかもしれないけど、こういったことを最後のメッセージとしてお話になられていた。

戦後から女性のイノベーターとして国際的に活躍された方のお話は、非常に僕の心に響く。ますます海外で自分を試したいという気持ちが高ぶってきた。

自分にとって何が一番重要なのか

2009年6月28日 | 0 コメント »

自分にとって何が一番大事なのか。自分の目標は何なのか。芯をしっかりと作られないとだめだ。その根本からまだ自分が甘いと感じる。自分の原理原則。まだないのか。

新サービスラウンチ

2009年6月4日 | 0 コメント »

新サービスリリース完了。ちょっと長かった。あまり大きな提携ではなかったので独りで達成感を味わう。Googleニュースやブログ検索でリリースの反響を検索しすぎなくらい検索する。また次のアライアンス。2009Q3は二本目指す。 こんちゃん先生曰く、こうやって成功体験等を記録するのは良いそうだ。あとから読み返すと、そのときの自分の気持ちや考えがよみがえってきて、山ではなく谷しかみえないときでもポジティブになれるとか。

あしたからも、時間を無駄にしないで、がんばろう。